Violinear

「うちはまだザイツ、A君はもうエックレスのソナタ・・・」

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幼くて、ヴァイオリンを習いたての場合に、指板に弦を押さえるポイントを示すシールを貼ることがあります。

やがて音感がついてきたら、このシールをはがすことになります。しかし、それには、個人差があります。こういったシールを貼ることが常態化している門下では、誰がシールが取れた、うちはまだだ、あそこはもうすぐだ、とまるで、子育てにおける公園ママの「オムツ取れた・取れない」論議にだんだんと似てきます。

さらに言えば、シール貼りは、弓にまで及ぶこともあります。「弓をここまで使いなさいシール」がそれです。

シールが取れる、取れない。オムツが取れる、取れない。ヴァイオリンのおけいこでも、子育てでも、わかり安い尺度での進度の比べっこが起こりがちです。

確かに教育というのは進度も重要ですが、もっと重要なのはその中身のはずです。

「うちはまだ、ザイツなのに、A君はもうエックレスのソナタ・・・」。
年齢が少し上がってきて、曲の進度の比較が始まると、事態はより深刻となってきます。

これから小学生、中学生、高校生・・・とヴァイオリンを習っていく中で、最初の数年の曲の進度の違いが、どれほどの意味を持つのでしょうか。

小学校低学年で易々と弾けたかに思えたヘンデルのソナタ。しかし本当にこの曲を究めて弾くのは、優秀な音大生でも難しいもの。

音階もあるし、エチュードもある。

単なる曲の進度を気にしないことこそが、実は真の上達の早道なのかもしれません。

 悲観的な人は風に文句を言い、楽観的な人は風向きが変わるのを待つが、現実的な人は帆の向きを風に合わせる。
(The pessimist complains about the wind; the optimist expects it to change; the realist adjusts the sails)

ウィリアム・アーサー・ウォード(効く言葉 List

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