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【動画】15歳のヒラリー・ハーン マゼール指揮バイエルン響と

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ヒラリー・ハーンは、1995年、15歳の時に、ドイツで、ロリン・マゼール指揮のバイエルン放送交響楽団とベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を共演し、世界デビューを果たした。

すでに母国アメリカでは11歳で初りサイタル、12歳でボルティモア交響楽団と共演したのを皮切りに、アメリカの有名オケとの共演を重ねてキャリアを積んでおり、世界デビューの大舞台であっても動じる気配は微塵もない。

凛とした気品と、自然な歌心に溢れた、清新で雄弁なベートーヴェン。

第1楽章途中からの映像だが、隅々まで響きが明晰なカデンツァに魅せられた客席からは、思わず拍手が起こる。

ここで、ヒラリー・ハーンの「門下歴」を少し詳しく見ておこう。

ヒラリー・ハーンは、1979年、アメリカ、ヴァージニア州レキシントンに生まれた。3歳の時にボルティモアに移り、4歳の誕生日を迎える1カ月前に、ピーボディ音楽院のスズキ・メッソード・プログラムでヴァイオリンを開始。以後5年間、ボルティモアでオデッサ(ウクライナ)出身のクララ・ベルコヴィチに師事した。(ベルコヴィチは、ボルティモアに移住する以前に、レニングラードの英才教育専門の音楽学校で25年間の指導歴を持っていた。)弱冠10歳で、フィラデルフィアのカーティス音楽院に入学。以降、17歳までヤッシャ・ブロツキーに師事し、彼が89歳で亡くなるまで彼の下で研鑽を積んだ。

※以上「ジャパン・アーツ」HPより

ちなみに、ヤッシャ・ブロツキーは、ウクライナ・ハリコフ生まれ。19歳までソ連で演奏活動をした後、パリでリュシアン・カペーに、ベルギーでウジェーヌ・イザイに師事。23歳の時に、アメリカに渡り、カーティス音楽院でエフレム・ジンバリストに師事し、25歳から自らも同音楽院で教鞭を執った。

ヒラリー・ハーンは晩年のブロツキー教授から、カペー、イザイ、ジンバリストらによって伝承され培われてきたヴァイオリン技法の奥義を直接伝授されたのだ。

最長老自らが、10代の若き才能に教授する。このカーティス音楽院の伝統は、現在も尚、生きている。

それは、イザイ門下のレオン・サメティーニに入門し、カーティス音楽院でジンバリストに師事、その後、同音楽院の教授を長年務めたアーロン・ロザンドのもとから、多くの若き俊英達( レイ・チェン、リチャード・リン、ステファン・ワーツ、リ・ゼユ・ヴィクター)が輩出されてきた事実を見れば、明らかである。

photo by Wikimedia Commons

ヒラリー・ハーン スズキ・メソードと37年ぶりの邂逅

 悲観的な人は風に文句を言い、楽観的な人は風向きが変わるのを待つが、現実的な人は帆の向きを風に合わせる。
(The pessimist complains about the wind; the optimist expects it to change; the realist adjusts the sails)

ウィリアム・アーサー・ウォード(効く言葉 List

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