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楽器が変わったことを感じさせず ツィンマーマンNY公演

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ニューヨーク公演直前に、13年間愛奏してきたストラディヴァリを手放すことになったフランク・ペーター・ツィンマーマン。

代わりに、支援者からグァルネリ・デル・ジェスを貸与され、その楽器でNY公演に臨んだが、サカリ・オラモ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックとのシベリウス:ヴァイオリン協奏曲は、愛器を持たないハンディなど感じさせない名演だったと、2月27日付けのニューヨーク・タイムズ紙のコンサート評が伝えている。

たとえば、愛器のストラディヴァリは、豊かでよく通る響きを持っているので、ツィンマーマンは個々のフレーズでのヴィブラートを控え目にすることができ、結果として音を揺らせることなく音楽の輪郭作りに集中しそれをよりくっきりと鮮明にすることが可能となった。同じアプローチはこのグァルネリ・デル・ジェスでも翻訳して実現されていた。
第1楽章冒頭。遠くの雷鳴のようなオーケストラの抑制された響きに重ねて、テーマを探し求めるように立ち上がるツィンマーマンのヴァイオリンの音色は、細く引き締まったそれでいて光り輝くメランコリックな美しさを湛えていた。テーマが強調され始めると、彼は、焚き火がはぜるようなエネルギーに満ちた破裂音も交えて、分厚く律動する音楽を呼び起こした。
聴き慣れてはいるものの、この協奏曲には依然としてミステリアスで型破りなところがある。私はツィンマーマンのように、この曲の不可思議な側面を強調する演奏を好む。後期ロマン派の叙情性が湧き出るような第2楽章も、サカリ・オラモ指揮によるオーケストラに刺激され、奇妙な逆流を力強く運んできていた。
終楽章は、表面的には田舎風の舞踏に思えるが、ツィンマーマンは現代的で荒々しく、渦巻くオーケストラの音に抗して、執拗に強迫的なリズムを反復させていた。

“Review: At New York Philharmonic, a Soloist but Not His Violin”(“The New York Times”)

貸与側は「返却に困惑」と表明

ツィンマーマンとの交渉を続けてきた貸与側の会社(“Portigon Financial Services AG”)は、2月23日、自社のサイトに本件に関する声明を発表した。

“Frank Peter Zimmermann returns “Lady Inchiquin” violin”

声明によれば、過去何ヶ月もツィンマーマン側と楽器の継続的使用が可能となるような複数の提案をし、交渉を重ねてきたが、残念なことにそれらの提案はいずれもツィンマーマン側に受け入れられず、楽器が返却されてきたとしている。

買取価格については「旧貸与契約の中で明確に定義された価格」で提案し、買取ができない場合の代替措置として、ツィンマーマン側への賃貸契約も提案した。

また、貸与期間切れ直後に予定されていたニューヨーク公演については、引き続き楽器の使用を認める提案もしていたが、いずれも拒否され、楽器が返却されてしまったという。

一方の当事者がその正当性を主張する目的で出した声明であり、真相は霧の中にある。

特に争点になったと思われる買取価格について、会社側が言うように旧契約書に明確に定義されていたかどうか。ツィンマーマン側の反論が待たれる。

photo by WPPilot

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 ヴュータンは壮大なスタイルで書きました。その音楽はどこをとっても豊かでよく響くものです。自分のヴァイオリンをよく鳴らそうと思うなら必ずヴュータンを弾いてほしいですね。

ウジェーヌ・イザイ(List

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