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ホームズが聴いた “実在” のヴァイオリニストのリサイタル

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『赤毛連盟』にも、ヴァイオリンに関する記述が見られます。

条件は、21歳以上の心身健康な赤毛の男性であること。しかるべき場所に来て、決まった時間、「エンサイクロペディア・ブリタニカ」をAの項から順番に書き写す。それだけで、週4ポンドが支払われるという奇妙な仕事を始めた赤毛の質屋の主人の話から、ホームズは、とんでもない大事件の発生を推理。犯人逮捕へとつなげるのですが、その事件発生の前に、ホームズとワトソンは、あるヴァイオリニストのリサイタルに出かけます。

パブロ・マルティン・メリトン・デ・サラサーテ・イ・ナバスクエス(1844年~1908年)。

ホームズの物語世界と同時代に活躍した、実在の偉大なヴィルトゥオーゾのリサイタルです。

(以下、青空文庫(大久保ゆう訳) より引用。但し改行は適宜加えています。)

「今日の午後、聖(セント)ジェイムズ・ホールでサラサーテの演奏がある。」とホームズは言い出した。

「どうだろう、ワトソン。診察の方は二、三時間休めるか?」

「今日は一日あいている。私の仕事は常に暇なのでな。」

「帽子をかぶって、来たまえ。中心区(シティ)を通って行くつもりだから、途中で食事でも摂ろう。見たところ、このプログラムにはドイツの曲が多い。イタリアやフランスのものより、ドイツの方が僕の趣味に合う。ドイツの曲は内省的だ。僕も今、内省的になりたいから……さぁ、行こうか。」

グラナダテレビ製作のドラマシリーズでは、このサラサーテのリサイタルにあるドイツ物は、バッハ:無伴奏パルティータ第3番等の設定であったと記憶しています。

「さて、博士。僕たちの仕事は終わった。今度は気晴らしの時間だ。サンドウィッチとコーヒー一杯で一息つこう。それからヴァイオリンの国へ行くのだ。

そこは甘美と繊細さと調和のみがあふれている。そこへ行けば、赤毛の依頼者に難題をふっかけられて煩うこともなかろう。」

気晴らしと称してコンサートに通ったり、肘掛いすに腰掛けて、奇想的にヴァイオリンを掻き鳴らしたりする時、実はホームズは単に休息をしているのではなかったようです。そういう時のホームズこそ恐ろしい、というワトソンの以下の記述は、ホームズの人物分析として実に秀逸です。

友人、つまりホームズは熱心な音楽愛好家だった。また自身も有能な演奏家であり、類い希な作曲家でもあった。

午後はずっと劇場の一階特等席に座っていた。大きな幸せに浸り、音楽に合わせ、その長く細い指を静かに揺り動かしていた。

このときの静かな微笑やまどろんだまなざしは、容赦ないホームズ、鋭敏な機知でつけ狙うホームズ、猟犬のようなホームズ、疾風(はやて)の犯罪捜査官ホームズのそれとは、似つかぬものに思われたのだ。

ホームズの非凡な性格の中では、この二種の気質が交互に現れるのではないか、と時に私は思うことがある。

ホームズの極端な的確、機敏さは、時折ホームズの心を支配する詩的で瞑想的な気分に対する反動ではなかろうか。この気質の変動が、ホームズを極端なけだるさから飽くなき活力へと導くのだ。

そして、私がよく知っているよう幾日も立て続けに、肘掛椅子にゆったりともたれかかりながら、即興曲を作ったり古版本を読んだりしているときほど、ホームズが真に恐るべきときはない。

そして突然、追求欲が湧き起こって、あの見事な推理力が直感の高みまで昇りつめ、ついにホームズのやり方に疎(うと)い者でも、まるで仙人か何かのような知識を持っているのではないか、と不審の目で見るのである。

この日の午後も聖(セント)ジェイムズ・ホールで私は音楽に心酔しているホームズを見て、冒険の果てに捕らえられるべき犯人達にはやがて、凶事が舞い込むであろうと感じた。

photo by Frogwares

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 弦だとか弓の毛だとか、そんなことを意識しているようじゃだめなんだ。ヴァイオリンは弾くものじゃなく、歌うものだ。

レオポルド・アウアー(List

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