Violinear

スポンサーリンク

「あの子は上手い」という評判に潜む落とし穴

104_medium_4247096002

嫌な曲は弾かない、地道な練習はしない

いわゆる「音教」に所属する生徒と保護者、特に成績優秀者の親子が陥りやすい罠があります。

子供が大体上位何人の中に入っている。

低学年の頃から「あの子は上手い」という評判が確立していて、演奏会などにも選抜されてソロで弾く。模範演奏などの機会も多い。

すると親も子も心のどこかで自分(の子)は上手い、常に上手く弾けて当然だという確固たる信念が生まれます。

口では「いやいや、そんな、まだまだです」とか「今日はちょっと失敗しちゃって」と言いつつ、心底は「誰よりも上手いのだ」と思っています。

それが中学生くらいになると、「もう自分は何でも弾けるのに、何で皆と同じプログラムをこなさなくてはならない?」とか「嫌な曲は弾きたくない」と思うようになります。

地道な練習はしなくなる、もともと器用ですから短時間でなんとか曲を纏め上げる、それで試験もこなして「ほら、何とかなってるじゃないか」と居直る。

それでコンクールに入賞したりしながら音高に合格した途端、伸びなくなる。早い子ではこれが中2・中3でやってきます。

左手と右手の徹底的な「作り変え」が遅れる

本人も周りもそれまでのイメージが払拭できずに気付くのが遅れるのです。あるいは「音教」というごく狭い世界に慣れきってしまった結果かもしれません。

指導する側にとって「音教」は学年が上がるにつれて非常にやりにくくなるシステムです。

成長期でフルサイズに変えたら一度は必ず徹底的に左手右手を作り変えなければならないのに、親も子もそれまでの評判を落としたくないので抵抗する。次々と実技試験もあるのに、今更そんな単純作業に時間が割けるか、というわけです。

目先の結果ではなく、数年先を見据える

また加えて、「あれで本当に演奏会でソロで弾いたの? 酷い出来」などと茶々を入れる人(嘆かわしいことに若手教師のこともあります)がいる。

そんなことを言われても、「音楽のことなど何も知らないのだな、そんな耳では・・・」と内心で笑って済ませばいいのですが、保護者も人間ですから自分の子供が虚仮にされたと怒り心頭、「先生の詰めが甘いから」と恨まれたりする始末です。

受験もあるし仕方ない、音高に入ってからやり直そう、と予定を変更しますが、中学生なら1年で済むものが3年たっても直らないケースはよくあります。

「音教」を例に取りましたが、これは毎年課題曲を仕上げることに忙しいコンクール常連者の親と子にも当てはまることです。

親の役割は目先の結果を追い求めるのではなくて、数年先を見据えながら、いわれのない誹謗中傷から子供を守ることです。周囲の雑音にうろたえる心情はわかりますが、一番心が揺れるのは子供です。

ぐっとこらえてここ一番の足固めができるように、舵取りをしてあげて欲しいものです。

neko語録-logo_renewal_「neko 語録」とは?

photo credit: racheocity via photopin cc

スポンサーリンク
 ヴュータンは壮大なスタイルで書きました。その音楽はどこをとっても豊かでよく響くものです。自分のヴァイオリンをよく鳴らそうと思うなら必ずヴュータンを弾いてほしいですね。

ウジェーヌ・イザイ(List

スポンサーリンク
Return Top