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【指導者選び】 ネームバリューに頼るのではなく

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「学生音コン」の中学や高校の部を聴いていてよく感じるのは、有名な演奏家が必ずしも実技の指導に長けているわけではないということです。

指導者自身、社会的地位や年齢が変われば、音楽の方向性が変化することも当然あり得ます。今現在の潮流とずれてくる場合もあるでしょう。

そのあたりを考慮せずに、有名だから、影響力があるから、〇〇先生の御威光で、とネームバリューに頼った指導者選びをしてしまうと、師事した後に期待に反しても、先生を変われない等、思わぬしっぺ返しに遭うことがあります。

始末の悪いことに、そういう指導者の下には元々優秀な生徒が集まっていますから、発表会を聴きに行っても素人の耳には何処までが指導者の力で何処までが生徒の力量か判別が難しいのが実情です。

ただ、「日本音コン」の3次予選などで、指導者の資質あるいは姿勢が問われるような楽曲(※注)でぎりぎりのところで競うことになる場合は、指導者の力量が自ずと炙り出されてきます。

指導者層も常に変化しています。音大受験の際には、ネームバリューにだけ頼らず、将来への展望を持った指導者選びをすることが重要です。

※注

この稿の前半部分には、2001年の「第70回日本音楽コンクール」の課題曲に関する以下のような記述がある。上記の「指導者の資質あるいは姿勢が問われるような楽曲」とは、例えばヒンデミットのヴァイオリンソナタのような曲ということになる。

今回は一次がエルンストでしたので参加者も例年より少ない状態で始まりました。決勝に残ったのは4人、これは決勝の課題曲コンチェルトをオケ版で演奏するのは四回が限度、ということなのでしょう。

それにしても3次のヒンデミットは指導者の資質あるいは姿勢が問われた曲でもあったと思います。一通り音大で勉強し終えた参加者は除外するとして、まだ勉学途中の学生であれば指導者はきちんとヒンデミットの文法を教えるべきでしょう。参加者が優秀であればなおさら勘違いは正すべきです。

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photo by Mbzt

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 弦だとか弓の毛だとか、そんなことを意識しているようじゃだめなんだ。ヴァイオリンは弾くものじゃなく、歌うものだ。

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