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「日本音コン」第1予選は鬼門のモーツァルト 【指導者裏話】

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2008年9月、「日本音コン」の第1予選が始まります。課題曲のひとつにモーツァルトのロンドが入っていますが、優秀な教師ほど頭を抱えています。

“感じ” で弾いてしまう、通すと抜け落ちる

「こういう感じで~と弾く癖が抜けない」

「モーツァルトはバロックともロマン派とも違う。パーツごとにレッスンしているときは、あ、分かったのかな、と思うんだけれども全部通して弾かせると綺麗に落ちてるんだよねえ」

「のめり込むと際限がないんだよね、モーツァルトは。とくにあのロンド、難しい難しい。まず最初がさ」

「そんな、わからない子にはそこまで突っ込んで教えることないわよ。だって、かえって可哀想じゃないの。混乱して弾けなくなるのがオチだから私は教えない。あれは積み重ねがものを言うんだもの」

「口当たりがいいからねえ。どうしても全部通すと流れちゃうんだよね。日コン課題曲になったからってそれから準備しても駄目」

物を言うのは幼少期からの積み重ね、“感情” は禁物(ブラームスも)

「面倒くさくても、やっぱり小さいときから一項目づつ身体に染み付かせるようにして教えないと身に付かないもんだよ。バッハなんかは本人が分析のおもしろさに目覚めるといい線まで行くけど」

「それはお宅んとこはもともとテクニックがあるから。全部中途半端だと本人も不安でついつい余計な色付けに走るのよね」

「まあ、モーツァルトが分かってなくたってロマン派で聴かせられればプロとしてはいいようなものだけど、これはコンクールだから」

「さすが日コン、というか」

「だからさ、やっぱり感情に走るな、と言いたいね、僕は。ロマン派は感情に走ってもそこそこはまるけれど、そこで止まっちゃう」

「いつまでも若くないからね。ブラームスなんか感情に走って弾いてどうするんだって。雨の歌なんてその無残な例だよね、試験で弾かせりゃ死屍累々」

モーツァルトを通して知る “音楽の怖さ”

「だから結局は小さい頃からの教養なんだと思うわよ、広い意味での。親も子もせいぜい作曲家の伝記読んでCD聞いて業界の噂話して終わってるじゃない。そうかと思うと色恋しないと音楽が出来ないなんて馬鹿言って」

「そんなやわなもんじゃないんだよね、西洋音楽は」

「だけど週一1時間のレッスンでは時間が足りなくてなかなかそこまで教えきれない」

「いいのよ。生徒全部がそんなに優秀だったらこっちが精根尽き果てて死んじゃう」

「でもせっかくの機会だからさ。モーツァルトを通して音楽の怖さの端っこでも味わってもらいたいね」

「そう、モーツァルトには苦労するだけの価値がある」

補足

指導者間で交わされたであろう会話で、その年(2008年)の「日本音コン」の課題曲に触れたもの。言葉通りではないだろうし、“こういう感じ” の裏話として、あくまでも割り引いて読む必要があるが、モーツァルトをいかに教えるべきかについて悩む現場の指導者の本音の一端が表れていると言えよう。

第1予選には、モーツァルトの協奏曲が取り上げられることもある。

2014年9月3日~5日に行われる「第83回日本音楽コンクール」の第1予選の課題曲は、パガニーニ:カプリース3番・8番・13番から任意の1曲と、モーツァルト:協奏曲5番1楽章(カデンツァなし)である。

さて、今年はどんなモーツァルトが聴けるのだろうか。

「日本音楽コンクール」公式サイト

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photo : File:Croce-Mozart-Detail.jpg – Wikimedia Commons

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 弦だとか弓の毛だとか、そんなことを意識しているようじゃだめなんだ。ヴァイオリンは弾くものじゃなく、歌うものだ。

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