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音高は入ってからが肝心

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音高では “手取り足取り” はなし

音高の入試の前には、在校生の学年末試験、卒業試験があります。

この試験を聴いていると、つくづく音高は入ってからが肝心だと思い知らされます。

正直な話、入試は本人も必死ですし、指導者も生徒の将来が掛かっているという思いから全力で指導にあたりますから、本人の持っている以上の力が出ることも多いのです。

これが音高に入学してからは学校側の方針もあるでしょうが、手取り足取りは教えない。教授陣のほとんどが「ソリストになろうというのなら、自分で試して疑問があったら訊いてくるくらいでなくては・・・」と考えているからです。

二学期の試験を過ぎる頃には、メッキが剥げ落ちて歴然と差がついてくる。あるいはこの時点ではとんでもなく鈍臭かったり下手だったりしていても、これから先伸びる子の目星がついてくるようになります。

クロイツェル8番を苦もなく弾けるか?

分岐点となるものは「技術」であり「安定性」です。

ここでいう技術とは、ある曲の一部分に出てくるワンボウ・スタッカートをそれらしく弾けるなどといったレベルの話ではありません。

例えば進度の速い子なら、小学生で終わっているクロイツェルの8番あたりをアレグロ全音スピッカートで最後まで何事もなく弾けるかどうか試してみると良いでしょう。

これが出来るためには、移弦を含めた完璧なデタシェが身についていなければなりません。その上で「四季」が弾け、「ラズモフスキー」が音楽として弾けるようになるのです。

学生がそのことを最初に身に染みて知るのはオケの授業なのですが、残念なことにそのほとんどが「オケに売れるだけの腕がない」という現実にあるにもかかわらず、「自分はソリストとしてやっていきたいのであって、オケマンなどといういわばサラリーマンの生活を送るつもりはない」などという訳の分からない理屈を持ち出して、怠惰な自分の言い訳をしてしまう場合もあります。

自分の技術を見直す

実のところ、ある箇所が初見で弾けない、それで自宅で8時間練習して弾けるようになりました、という状況が続くようでは、今後はかなり厳しいと言わざるを得ないでしょう。

きちんとした指導者であれば勿論、中学生の段階で入試後を見据えた「力ではなくて技術で弾く」ための指導を組み込んでいるはずです。

それを単なる入試に合格するための指導と捉えていたのでは、入ってからいたずらにコンクールにのみ振り回され、7年後の行き先に困ることになってしまいます。

「感動は理屈ではない」「下手でも感動する」、これは全く正しいのですが、力で押し切った演奏をし続けて五年十年やっていけるかと想像すれば、答えは自ずと出るはずです。

音高に入って周囲が皆上手く見えたときこそが、自分の技術を見直す絶好の機会と言えるでしょう。

あるいは「もうこれから君を受験生として扱うからね」と言われた中学生も、入試直前になって腱鞘炎で泣かない為に、自分が無理な弾き方をしていないか再度良く見直しをして欲しいと思います。

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photo credit: IMG_0016 via photopin (license)

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 ヴュータンは壮大なスタイルで書きました。その音楽はどこをとっても豊かでよく響くものです。自分のヴァイオリンをよく鳴らそうと思うなら必ずヴュータンを弾いてほしいですね。

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