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【鬼親⑥】 あの偉人も “証言” : 「鬼親」家の現状

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天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず

しかし、残念ながらヴァイオリンの世界は、私の論とはまったくの逆。生まれながらにして、上下の差別がありうる世界である。

持てるものと持たざるものの違いが、環境の違いを生み、人の上に人を造ってしまうのだ。

ところで、もともと貴賎の差別を嫌った私だが、現代において、かくのごとく貴賎の識別のしるしとなる紙切れに、承諾なしに肖像を載せられるなどということは、本来あってはならない話ではないか。

まあ、それは置くとして。

このヴァイオリンの世界では、肖像画の私は、羽が生えたように、毎月毎月、確実に飛んでいく。

レッスン料に、レッスンへ行く交通費に。コンクールともなれば伴奏合わせに、本番の伴奏に、コンクール後には謝礼に。夏休みともなれば合宿やセミナーの講習料と宿泊費と交通費に。お中元とお歳暮に。受験ともなれば頻度が増えるレッスン料に、合格後はその御礼に・・・

私は、あらゆる機会に、まさにマシンガンに装填された弾丸よろしく、飛んで、飛んで、飛びまくるのである。

1年経ってみれば、公立小学校に通わせていたのに、私立小学校に通わせているのと同じ、いやそれ以上の数で、家計から、私がいなくなるのだ。

まさに、家計にとっては、「苦悶のススメ」と言えるであろう。

しかしながら、これは序の口。

分数楽器から、フルサイズにヴァイオリンを買い換える時。

それは、この私が束になって一気に消えてしまう、運命の時だ。

子供の練習に向き合って、髪振り乱して、闘っている鬼親が、経済的な面では、まさに兵糧攻めにあう厳しさで、追い込まれていく。

父親にお小遣いなどあろうはずがない。

酒も煙草もやめ給え。

母親が洋服を買うなどもってのほか。

「着た切りのスズメ」である。

そういう厳しい道を、家族が並んで歩んでいくのだ。

* このシリーズはすべてフィクションです。

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 ヴュータンは壮大なスタイルで書きました。その音楽はどこをとっても豊かでよく響くものです。自分のヴァイオリンをよく鳴らそうと思うなら必ずヴュータンを弾いてほしいですね。

ウジェーヌ・イザイ(List

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