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【鬼親④】 カール3世の「悲劇」

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「カール・フレッシュ スケールシステム」の悲劇

僕は、音階練習用の教本です。

実は、僕は3代目です。

僕のお父さんは、あちこち破れたり、穴があいたりでボロボロになって、結局、廃品回収行きになってしまいました。別に練習のしすぎでそうなったわけではありません。お分かりになりますよね。

おじいちゃんは、雨の日の午後、「もうヴァイオリンなんかやめてしまいなさい」の怒鳴り声もろとも、窓の外に投げ捨てられてしまいました。

怒り心頭で、何か物に当たりたかったのでしょうが、本気でヴァイオリンをやめさせるなら、ヴァイオリンや弓を窓の外に投げ捨てて、終わりにすればいいじゃないですか。

そうすれば、本当に、すっきりやめさせることができますよね。

でも、高価な物を投げ捨てられない、という理性が最後は働いたわけでしょう。

かわいそうに、おじいちゃんは、手近にあって、買い替えがきく楽譜ということで、一時の怒りの感情のはけ口にされ、身代わりにされてしまったんです。

僕だって、いつもいつも、死の恐怖を味わっています。そして生傷が絶えません。

「一体何ヶ月、同じ音階やってるの。ちっともうまくならない」と言ってはバンバンと叩かれ、

「ああ、何たるざま! ヴァイオリン習いたてじゃあ、あるまいし」と言っては、床に激しく投げつけられ。

ある時など、台所で料理中なので、こちらも油断していたら、まな板の上に、しゃもじを打ちつけて拍子をとり出したんです。ほんと、この時、包丁で拍子とってなくてよかったのですが。

いきなり「違う!」という吠え声が発せられるや、いきなりしゃもじが飛んできて、僕の背表紙に激しく衝突しました。

その時の傷跡がまだ残っています。

本当に恐ろしい体験でした。

※注)
「カール・フレッシュ スケールシステム」:ハンガリー出身の名ヴァイオリニスト・指導者のカール・フレッシュ(Carl Flesch)が著した音階教本。「小野アンナ音階教本」の次の段階で使用し、音高・音大の実技入試でも課される。長年にわたって使用する教本のため、使い込んで表紙がボロボロになってしまうというケースはある。

photo credit: Poster Boy NYC via photopin cc

「小野アンナ音階教本」を待ち受けた過酷な運命

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僕の祖父の代より以前には、「小野アンナ音階教本」さんが、この家にいらっしゃいました。

僕たちは、ぶ厚く、表紙などの作りがしっかりしているので、まだいいのですが、「小野アンナ音階教本」さんは、もっと薄くて、丈夫じゃない作りでした。

だから、この家では、僕たち以上に過酷な運命が待ち受けていたと聞いています。

小野アンナさんと言えば、あのジョン・レノン夫人オノ・ヨーコさんの伯母にあたられます。

ロシア革命直前に日本人留学生小野俊一氏と結婚。1918年革命下のロシアを離れ、日本へ。

日本のヴァイオリン教育界に偉大な功績を残した後、1958年フルシチョフ体制下のソ連・グルジアへ渡りました。

歴史の荒波に翻弄されつつ、激動の時代を生き抜いた小野アンナさん自らが編んだ音階教本。

その音階教本が、また、厳しくも哀しい運命にさらされるというのは、一体どういう歴史の因果でしょうか。

昔のことなので、この家でどのようなことがあったのかは詳しくは知りませんが、「小野アンナ音階教本」さんも、次々と新しいものに買い替えざるをえない状況が続き、やはり3代に及んだそうです。

楽譜は、編者や作曲家の生命の息吹き。文化遺産と言っても過言ではありません。

どのような事情があれ、大切に扱っていただきたいと切に願います。

* このシリーズはすべてフィクションです。

photo credit: dare6 via photopin cc

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 ヴュータンは壮大なスタイルで書きました。その音楽はどこをとっても豊かでよく響くものです。自分のヴァイオリンをよく鳴らそうと思うなら必ずヴュータンを弾いてほしいですね。

ウジェーヌ・イザイ(List

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