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昭和の初めに早期英才教育を行った「芸大附属音楽教室」

昭和の初めに早期英才教育を行った「芸大附属音楽教室」

ヴァイオリン教育の世界では、「スズキ・メソード」と並んで私立の音大附属の音楽教室の影響力は相当に大きい。中でも桐朋学園大音楽学部附属の音楽教室(「子供のための音楽教室」)はヴァイオリンのみならず、ピアノでもエリートを多数輩出している。

桐朋音教のスタートは1948年(昭和23年)であったが、それを遡る15年前の1933年(昭和8年)、現在の東京芸大の前身である東京音楽学校内に、当時の尋常小学校の生徒に特別な音楽の英才教育を行う目的で、「上野児童音楽学園」が設立されたことはあまり知られていない。

設立当初は10歳前後の生徒を教える尋常科のみであったが、1936年(昭和11年)には高等科が設立された。戦前の官立学校に早期英才教育のコースが附設されていたのは異例とも思えるが、この「上野児童音楽学園」の発表会などの演奏曲目などを見ると、戦後から活発化したヴァイオリンの早期教育の源流はすでに戦前にあったということが理解できる。

1936年(昭和11年)3月18日に行われた「上野児童音楽学園」の第1回卒業式。つい3週間前、「二・二六事件」で凍りついた東京には束の間の春が訪れようとしていた。

ヴァイオリン科15名、女子ピアノ科59名、男子合唱科14名の生徒が栄えある第1期卒業生となった。

ピアノ科では、卒業生の尋常小学校5年生(12歳)がベートーヴェンのピアノ・ソナタ第15番「田園」を、また同じく5年生がヨーゼフ・ラインベルガーのバラードを演奏した。

卒業式の模様を伝えた翌日付け「東京日日新聞」は、その日演奏を披露したヴァイオリン科の卒業生の女の子を次のように紹介している。

彼女は横浜鶴見区の小学6年生。

「毎日学校の授業をすませた後、上野の同校へ休まず通ってその熱心さに先生を驚かし、至難とされたヴィヴァルディの競奏曲を見事弾きこなした。」

photo credit: Yoshikazu TAKADA via photopin cc

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 弦だとか弓の毛だとか、そんなことを意識しているようじゃだめなんだ。ヴァイオリンは弾くものじゃなく、歌うものだ。

レオポルド・アウアー(List

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