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あの曲はいつ頃から日本で演奏され始めたのか?

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ヴァイオリン学習者にとっておなじみの作曲家によるヴァイオリン作品は、東京音楽学校ではいつ頃から演奏され始めたのだろうか。『東京芸術大学百年史 演奏会編第一巻』(音楽之友社)を紐解いてみよう。

◆ ヴィオッティ「ヴァイオリン協奏曲第7番」
⇒1894年(明治27年) 安藤幸(あんどうこう・15歳)により演奏。ヴィオッティの協奏曲中、現在最もポピュラーなものは第22番・23番であるが、7番の演奏はきわめて珍しい。

◆ ベリオ「ヴァイオリン協奏曲第7番 」
⇒1895年(明治28年) 安藤幸により演奏。

◆ ヴュータン「ファンタジア・アッパショナータ」
⇒1896年(明治29年) 安藤幸により演奏。

◆ ヴィエニャフスキ「レゲンデ」
⇒1897年(明治30年)安藤幸や頼母木駒らの合奏により演奏。

◆ ヴィエニャフスキ「ヴァイオリン協奏曲第2番」
⇒1917年(大正6年)頼母木駒により演奏。この協奏曲の第2楽章「ロマンス」は、それ以前からたびたび弾かれていたが、難技巧が頻出する1楽章はさすがに取り組むには難しかったのだろうか。演奏会で弾かれた例はその後もあまりない。

◆ ブルッフ「ヴァイオリン協奏曲第2番ニ短調作品44」
⇒1917年(大正6年) 末吉雄二により演奏。ブルッフの協奏曲のうち、演奏機会が多く有名なのは第1番ト短調作品26で、このサラサーテに献呈された第2番の協奏曲の演奏は極めて珍しい。

◆ サラサーテ「流浪民の節 作品20」
→1924年(大正13年) 蜂谷龍により演奏。「流浪民の節」とは「チゴイネルワイゼン」のことである。

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 ヴュータンは壮大なスタイルで書きました。その音楽はどこをとっても豊かでよく響くものです。自分のヴァイオリンをよく鳴らそうと思うなら必ずヴュータンを弾いてほしいですね。

ウジェーヌ・イザイ(List

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