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「演奏はレストランの料理」と考えてみる

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「盛り付け」で視覚に訴える

「演奏はレストランの料理と同じ」と考えてみよう。

レストランでは、熟練した技術を持ったシェフが食材を調理し、器に盛り付け、客に供する。

料理の本質は味と匂いだが、美しい器と鮮やかな盛り付けによって視覚に訴えることも、料理においては重要な要素とされる。

演奏は、食材である楽譜を、技術を持った演奏者が調理する。

演奏の本質は、もちろん音だ。

だがそこに、料理の器や盛り付けにあたるもの、視覚に訴えるものもあるかもしれない。

まず思い浮かぶのは、衣装。そして演奏している時のフォームや顔の表情だ。

「振り付け」あるいは「顔で弾く」と言われるようなことだろうか。

無論、全然音が来ていないのに、視覚的な盛り付けだけ頑張ってみても効果はないし、度を越した盛り付けは、音楽にとってはかえって逆効果となりかねない。

しかし、もし全く同じ2つの音楽があったとしたらどうか。

美しく盛り付けられたほうに、聴衆は心を動かすかもしれない。

17_640px-Jacques_Lameloise_DSCF6580photo by Jacques Lameloise

「待つ時間」が気持ちと集中を高める

料理ではまた、盛り付けと同時に、その料理が出てくるまで「待つ時間」も重要だ。

テーブルに用意されたグラス・カトラリー・ナプキン。ワインが注がれ、パンが置かれる。出来上がった料理が静かに運ばれ、食卓にセットされる。

美しい皿に盛り付けられた美味しそうな料理の姿が、あなたの前に初めて姿を現す。

料理が供されるのを待つ時間は、主に視覚が働く。匂いもあるだろう。

演奏では、演奏者が舞台に出てきて、お辞儀をし、呼吸を整え調弦をし、楽器を構える。

そこまでが演奏が供されるのを待つ時間。ここでも働くのは視覚だ。

大相撲の「仕切り」の時間と言ってもいいかもしれない。

流れるように様式化された演奏の仕切りは、これから奏でられる音に対する聴衆の心の高ぶりと集中を徐々に喚起するだろう。

演奏者もまた、演奏に向けて、気持ちを高め、集中する準備を整えていく。

ドレス、ステージシューズ、笑顔、視線を下げず、ドレスは摘み上げず、堂々と歩く。そしてメリハリをつけた丁寧なお辞儀。必要最小限の調弦・・・

これらを客席の視覚にどう映じさせるか。

そうしたことへのわざとらしくない設計があっても良いと思う。

14_medium_10948388796photo credit: idea-saras via photopin cc

大切な「最初の一口」

料理で重要なのは、一口食べた時に感じる美味しさだ。

待つ時間を経て、匂いと視覚で楽しませくれた料理を、初めて口に運ぶ瞬間。

胃袋の喝采が聞こえてくる瞬間。

「美味しい!」 その時の美味しさが一番で、あとはそれが継続するだけ。美味しさのマンネリズムが暫く続き、それがゆっくりと消えて行くことでワンディッシュは終わる。

そして次のディッシュの最初の一口への期待が高まっていく。

第一印象、最初の味の「つかみ」こそが重要なのだ。

演奏にもそういう側面があるのかもしれない。

最初の数小節で、全く違う音の世界に引き込む。ここで聴衆の心をつかめれば、しめたものだ。

そして、最初がうまく行けば、その後は演奏者も「乗って」弾くことができる。

緊張した本番の舞台で、スタートに成功することは、一曲の表現全体への推進力ともなり得るのだ。

名教師ドロシー・ディレイが、こんなことを言っている。

「たいていのヴァイオリン曲はピアノ伴奏を伴うけれど、ピアノが先に弾き始める曲を選ぶほうが上手くいく」(バーバラ・L・サンド著『天才を育てる 名ヴァイオリン教師ドロシー・ディレイの素顔』音楽之友社 143ページ)

ディレイは例として、ヴァイオリンのソロだけで始まるプロコフィエフのコンチェルト第2番より、ピアノが先に弾き始めるショスタコーヴィッチやバーバーのコンチェルトのほうが有利かもしれないと言うのだ。

自由曲制のコンクールでは、どんな曲を選ぶのか?

そこに、「最初の一口」をどのように設計するのかという観点を入れてみるのも一法だ。

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 ヴュータンは壮大なスタイルで書きました。その音楽はどこをとっても豊かでよく響くものです。自分のヴァイオリンをよく鳴らそうと思うなら必ずヴュータンを弾いてほしいですね。

ウジェーヌ・イザイ(List

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