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【パガニーニ国際】 「メジャーな指導者は審査員にしない」

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「パガニーニ国際」、審査員規定に表れた “意思”

2015年2月28日〜3月8日、イタリア・ジェノヴァで「第54回パガニーニ国際ヴァイオリンコンクール」が開催される。

2010年の第53回以降、開催の目処が立たず延期されてきたが、やっとリニューアルの体制が整い、5年ぶりの開催にこぎ着けた。

芸術監督(Artistic director)は指揮者のファビオ・ルイージ氏(チューリッヒ歌劇場音楽総監督、メトロポリタン歌劇場首席指揮者、等)。

同コンクールの 公式サイト は、審査員について以下のような規定を掲げている。

  • 審査員は7名以上。異なった国籍でイタリア人以外が過半を占め、世界の音楽界において最も高名なプロで、経験・能力・高潔な人格を有した公平無私なメンバーにより構成する。
  • 審査員は出場者との個人的関係について公表し、過去2年間自らに師事した出場者の審査には加わらない。
  • コンクール中は審査員と出場者との接触は禁止。但し予選とセミファイナルを通過できなかった出場者には、演奏の講評がフィードバックされる。

審査員間の協議については禁止されておらず、また、採点システムについても明確な言及はないのだが、文言ひとつひとつに、審査の公正性を極力期したいという意思の存在がはっきりと読み取れる。

ファビオ・ルイージ氏の決意

ここには、芸術監督であるファビオ・ルイージ氏の意向が強く反映されているのではないか。そう思わせたのは、9月19日、「インディアナポリス国際ヴァイオリンコンクール」の騒動の渦中に、クラシック音楽情報サイト “Slipped Disk” 上で、ルイージ氏のある決意が紹介されていたからだ。

「マエストロ、“審査員に指導者がいない” ヴァイオリンコンクールを再スタート」 “Maestro relaunches violin competition – with no teachers on jury”

同サイトによれば、ルイージ氏は、次回の「パガニーニ国際ヴァイオリンコンクール」では、「審査員団にメジャーな指導者を入れないことを決定した」という。

「私が審査員に推すのは、コンクールの勝者がキャリアを形成していく上で実際に手助けができる人、オーケストラのジェネラルマネージャー(例えばスカラ座フィルハーモニー管弦楽団等の)、エージェント、指揮者、ジャーナリストです。それにプラスして、コンクールの入賞経験者、オーケストラのコンサートマスターです。」

「インディアナポリス国際」でファイナリスト6名のうち4名が審査員の生徒だったという事態に、ルイージ氏も困惑しており、自らが芸術監督を務める「パガニーニ国際」の審査のあり方をより公正かつ目的に適ったものとするために、審査員の人選を慎重に進めているものと見られる。

有力指導者、驚きのレッスン料

「パガニーニ国際」は、応募者の書類審査を終了し、9月22日に、世界の4つの都市(ジェノヴァ・ニューヨーク・ウィーン・東京)で10~11月に行われる「予備選抜ステージ」への出場者101名を発表した。

“List of candidates admitted to the Pre-Selection Stage.”

このうち、2015年2月28日からイタリア・ジェノヴァで開催される本審査に進めるのは最大で32名。本来は、この「予備選抜ステージ」での審査員の人選、選考方法も、クリアーにされてしかるべきであろう。

芸術監督の意向で、指導者でなく音楽家などを中心に審査員団を構成して、偏りのない審査を目指そうとした例は、「チャイコフスキー国際」などでも過去に見られたが、残念ながら掛け声だけに終わった感がある。

「国際コンクールの審査員に名を連ねる指導者が、1レッスン45分で、1000ドルものレッスン料を取る例は珍しくはない」と同サイトは驚くべき内情を明かす。

「インディ国際」の大騒動を教訓に、公明正大な審査実現のため、実効性ある改革を打ち出すことができるのか。

ルイージ氏の新たな試みに注目が集まっている。

「指導者を審査員にしない」への感想

以下、“Slipped Disk” に寄せられたコメントをいくつか紹介しておこう。ルイージ氏の決定を評価する声の一方で、「専門家でない人に審査ができるのか?」といった疑問を示す人もいるようだ。

「道理にかなったアプローチに思える。」

「有名な 『パークニング国際ギターコンクール』 では、審査員に指導者はひとりもいない。マネジメント関係者、演奏家、ジャーナリストで占められている。

「マネジメント関係者、エージェント、ジャーナリストといった音楽家でない人々が、クラシック音楽のコンクールの審査などできるのだろうか? さらに始末におえない堕落(混乱)につながりかねない。」

「確実に言えることは、ミリアム・フリード氏が自分の生徒を誰ひとりこのコンクールには送ってよこさないだろうということ。」

「指導者にしても実際に審査できる資格があるとは思えないよ。ソリストとしてキャリアを積み、名をなした指導者はほとんどいない。有名なレコード会社(少なくともかつては有名だった)との録音契約を結んだ例など言うに及ばず。それは彼らの生徒がみんな憧れることなんだけどね。そして彼らはひたすら生徒のトレーニングに時間を費やす。何のリスクも取らず、想像力もないテクニックマシーンに仕立て上げるために。偉大な音楽家がそんな生徒を作り出そうなどと思うだろうか? そんな生徒たちがコンクールの混乱に放り込まれていく。フェアな審査など期待できるわけがない。」

「審査員となった個々の指導者が落ちるところまで落ちたからといって、この問題を専門家でない人々に審査させて解決しようとするなんて、全く馬鹿げた話。それならクラシックコンクールを「ワールズ・ゴット・ノー・タレント」と題して、サイモン・コーウェル氏(※)の審査員でやればいい。」(※オーディション番組『ポップ・アイドル』『アメリカン・アイドル』『The X Factor』等の審査員でよく知られ、出場者を酷評することで有名な音楽プロデューサー)

「マネージメント関係者やコンサート主催者が何の専門性も持っていないというのは、失礼で馬鹿げた話だ。審査員はコンクールの勝者を選ぶけれど、コンクールはキャリアを作れない。彼らは最初の契約は与えるけれど、それはひと回りだけ。結局、キャリア形成は、コンサートの主催者と聴衆次第となる。才能とテクニックが優れているというのは、キャリア形成の半分しか占めない。審査員は音楽ビジネスに関わる様々な人々から構成されたほうが良いと思う。」

「主催者と聴衆がキャリアを作るって? ほとんどないよ、そんなこと。最も重要なのは、指揮者。まず指揮者に使ってもらうこと。使ってもらえなければ、それで終わり。ところで、世界にはコンクールの勝者があふれている。彼らは家にトロフィーやメダルを置いて、なぜキャリアを作れないのだろうと思い悩む。国際コンクールの審査団を牛耳る「指導者の派閥」は、コンクールの結果を操ることによって、学生らをただただ曖昧な世界へと押しやっていく。パガニーニコンクールで、あるいは他のどんなコンクールでも、上位10名の勝者の名を一体誰が口にしてくれるだろうか?」

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 ヴュータンは壮大なスタイルで書きました。その音楽はどこをとっても豊かでよく響くものです。自分のヴァイオリンをよく鳴らそうと思うなら必ずヴュータンを弾いてほしいですね。

ウジェーヌ・イザイ(List

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