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コンクール感動秘話:「少年と弓」

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舞台袖の小さな “奇跡”

舞台袖に控えていたその係員は、少年にかけるべき言葉を失っていた。

もはや弓がこの状態では、少年は棄権するしかないだろう。

「間違いなく第1位の演奏だったよ」「来年がある。めげないで頑張ればいいよ」いくつか少年にかける言葉を探してみたが、どれも口にできそうになかった。

誰もが何もできない、重苦しい数十秒が無為に過ぎていった。

その時、椅子に座った少年と係員のそばを、ひとりの青年が通りかかった。

青年は少年の2人前に演奏を終えたコンクールの出場者だった。手にはヴァイオリンと弓を携えていた。

係員の目はそれに釘付けになった。

-今この瞬間なら・・・間に合う。

そう思うか思わないかのうちに、とっさに青年に声をかけている自分がいた。

「すみません。突然ですが。」

係員は青年が持つ弓を凝視し、確然と言った。

「あなたの弓を彼に貸してあげていただけませんか。」

自分の楽器と弓は自分の体と一体化している。その体の一部分を他人に貸す。

しかも、このコンクールという闘いの場で、ライバルに貸す。そんなことができるだろうか。

係員はとっさに出たさっきの言葉を、後悔し始めていた。そんなことは普通できないはずだ。なのに自分は、思い余って、無理な依頼をしてしまった。しかも、この瞬間を逃すまいとした自分の口調は、青年に有無を言わせぬ圧力を与えてしまったかもしれない。

ところが、青年は、その依頼に即座に、そして至極自然な様子で反応した。

「あっ、僕の弓ですか。ええ、いいですよ。」

係員は青年の答えに驚いた。

「僕の弓でよければ、どうぞ使って下さい。」

「本当ですか? いいんですか?」

もっと多くの言葉をかけるべきなのに、見つからない。係員はただ、青年に深々と頭を下げるしかなった。

「ちょっと僕の弓は固いかもしれませんが」

と言いながら、青年が差し出した弓を、少年は神からの授かり物であるかのように受け取った。

「ありがとうございます。使わせていただきます。」

少年の表情には輝きが戻っていた。授かり物を自分のヴァイオリンの弦にいとおしむように、軽くやさしく当て、調弦する。

その音で、少年はヴァイオリニストとしての自分自身を一瞬のうちに取り戻した。

photo credit: avern via photopin cc

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 ヴュータンは壮大なスタイルで書きました。その音楽はどこをとっても豊かでよく響くものです。自分のヴァイオリンをよく鳴らそうと思うなら必ずヴュータンを弾いてほしいですね。

ウジェーヌ・イザイ(List

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